「ただいま!」
ぼくがぼくの家のドアを勢いよく開けると、ちゃぶ台の前をぐるりと囲んでみんなが座っていた。
みんなにぱっと笑顔がこぼれるのとは反対に、全く予想のしていなかった景色にびっくりしたぼくが、目をまんまるくして口をあんぐりさせて棒立ちになっていると、ワドルディがすくっと立ち上がって、目をお星様みたいに煌めかせてぼくの名前を呼んだ。そのまま間髪入れないで、みんなが一斉にぼくを目がけて向かってきたものだから、慌ててしまってぼくは尻もちをついてしまった。
「変な機械が無くなって、そしたら、お昼が戻ってきたんだ。きっと、お日さまとお月さまが仲直りしたんだ、カービィがやってくれたんだなぁ! って思ったらこうしちゃあ居られない、何かご馳走してやんなきゃって、みんなが集まってくれたんだよ!」
ポピージュニアがよっぽど気持ちが先走っているのか、取ったぼくの両手をぶんぶんと振りながら早口で言う。ちゃぶ台を見ると、確かに湯気が立った出来たてのご飯がしっかりと用意されていた。ぼくは口から涎がじわりと染みて、垂れかけたのが分かった。そういえば今回の旅で、たらふくご飯を食べた記憶がない。今回はそんなに時間もかけられなかったし(お昼寝タイムを早いこと確保したかったのもある)、宇宙の端から端まで駆け巡ったから格別忙しかったのだ。だからきっとこのご飯は、格別美味しいに違いない。なんだかそのご飯が特別神々しく見えてきて、みんなの気持ちも相乗してすごく嬉しくて、ほんのちょっとだけ涙で目の前が霞んで見えた。
でも、ご飯をありがたくいただく前に、みんなに言わなければいけない。
みんなを待たせて外に向けて言う。
「マルク」
ふと、どよめきが起きる。突然カービィが倒したであろうはずの裏切り者の名前が出てくるのだから、当然だろう。開けっ放しの扉の横から、彼は眉間に皺を寄せてよそよそと顔を覗かせた。
「ふん」
ぷい、と彼はみんなが向ける眼差しの意味を理解して、顔を俯かせた。
「ぼくが無理矢理連れてきたの。マルクは嫌だって言われたけれど。本当は、友達が欲しかっただけなんだって。本当のこと言えないで、できなくて、それで、こんなことしちゃったんだって。口ではそうとは言ってないけれど、すごい反省してるんだ。だから…許してあげて?」
みんなはきょとんとして、しばらくしてからみんなが もちろん! と、言って微笑んでくれた。
「…こうもひどい騙し方したのに、一度は星を支配しようとしたのに、ボクを簡単に受け入れるとか、この星の奴らは本当に頭大丈夫なのサ?」
ぼくを少し横目で見ながら愚痴るマルクに、ここはそういう星なんだよと諭してやると、またぷいと顔を逸らして、「ほんと、おひとよしばっかり」と呟いた。顔は見えなかったけど、ほっぺがほんのり紅い。本当に素直じゃないのだ。思わずくすりと笑ってしまう。
「じゃあ、新しい仲間の歓迎とカービィに感謝の会、ってことにしようか!」
一気に雰囲気が明るくなって、忙しげに食事の支度をする。ああ、香ばしい匂いが鼻を擽って、もう待てない!ご飯が温かいうちに、さあ始めようか。
『かんぱーい!』
こうしてぼくの家は、暖かなものでいっぱいになった。
ーHAPPY ENDー
「なぁんて そんな漫画みたいな展開に きみは期待したの?」
彼のひどく説明的な話によって、白黒のそれがはっきり見えた。
「意外と 女々しいんだね?」
しかしこれは虚無だ。甘い夢だ。その証に、ゆっくりと目を覚ますと、彼のピンク色が目の前にあったから。
本当に命の危険を感じて、なんとか負傷した重い身体を持ち上げようとすると、
「ねえ 聞いてんの きみ なんか言えよ」
そう、ひどく冷たい調子で言われる。足で帽子の上から抑えつけられ、また頬と地面が強く接触する。そのまま、ぐりぐりと顔を押し付けられて、口内が砂でじゃりじゃりとした。
本当に、これがあの、あいつなのだろうか。ボクがこいつに、あのとき、嘘を吐いたときには、へろっとしていて、にかにかしていて、ただのおひとよしで、騙しがいがあるなと思った。ばかみたいにいきいきした、眩しいあいつは何だったのだ。笑っていたじゃないか。そのおまえを、ボクが選んでやったこの舞台で、ぐちゃぐちゃにして、壊してやろうと思ったのに。どうしてこうなった?どうしてこうなった?騙してやったと思った相手に騙され返され悔しくて、自尊心がこれでもかというほど崩されて、打ち砕かれる。唇を噛むと、鉄の味がした。表情はさっきから踏まれているから覗けない。どういう顔をして、ボクを踏んづけてるんだろうか。どんな気持ちで、ボクを踏んづけているんだろうか。
「きみが うそつくのが悪いんだからね?」
先のトーンを全く変えずに言った。生きたものの発する声ではない。それでも反論しようとして、力を振り絞るようにしてようやく言葉を発するが、掠れたか弱い声しか出ない。血を吐き出して、むせ返ってしまう。
「あれ? のど 完全に潰したと思ったのに ざんねん」
残念がってもいない癖に、揶揄ってるわけでもない癖に。ただ彼はその場にそぐうであろうと思った言葉をなんとなく選んで、表面に貼り付けているだけだ。
「ボク、は…ほんっ…と に、友達…がほし…ぁっ た、の、サ…!!」
ああ、こんなボク、みっともない。遂には涙まで出てきた。究極に追い詰められると、こうも簡単に、重厚な鍵を掛けて閉じ込めていた感情が、ぽろぽろ零れてくるのか。こんなはずじゃなかったんだ。ポップスターが欲しいだなんて、口実というか言い方の違いで。きっと、このやさしいやさしいこいつなら、この捻くれたボクもどうにかしてくれるかもしれないと思ったんだ。期待したんだ。彼は、
「それで なに」
と言っただけだった。しかし痛ぶりながらボクを負かせた彼は、弱りきったボクの反応の少なさとしょうもなさとに飽きたのか、踏みつけるのを止めて、ボクを仰向けにした。
「いいこと してあげようか」
ぞわぞわと体が大きく震える。彼はボクの目を一切合わせずに言った。彼に表情なんて無かった。自分より劣ったものを見下す目でもなく、はたまた俗に言うゴミを見る目でもなく、本当に言葉通り、ボクを全く何とも思ってない目だった。
星々の微かな光がボクらに影を落とす。広い宇宙がボクらを包む。
彼が星々の光を纏った煌めくソードを取り出すと、ボクの羽を横に広げて、そして、羽を、その剣で貫いた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
血がべちゃべちゃと音をたてる。
「もう片方も やってあげる」
まるで地面を張り付け台にするように。二本目を突き立てたときには、もう声が出なかった。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
「だから きみが『うそつき』だから悪いんだよ」
ボクの表情で、ボクが何を考えてるのか察したらしい。ほんの少し、目を細めて言う。
「きみが考えることなんて 手に取るようにわかるさ どうせぼくも きみと同じ側のひとだから
きみがノヴァに頼んだらどうかって提案したときだって 笑いたいほど分かってたさ」
さっき刺されたところから、じわりじわりと血が染み出して、血溜まりをつくる。いよいよ体温が下がってきた。荒い呼吸が煩い。
「でもこうするしか あの星を守る方法が 無いんだ たとえ あいつ と、きみと同じ手段をとったとしても きみみたいに、仮面を何枚被ろうとも 自分にさえ仮面を被ろうとも
あの星は ぼくの母星のように ほんとのおひとよししかいないから」
彼はゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
これから死んでいくものに、ぼくは何を話始めているのだろう。最大限苦痛を与えて嬲って殺す予定なら、こんなことは時間の無駄だと頭ではしっかり分かっている。感情など、とうの昔に捨てたはずだが、それでも話を聞いてもらいたいという欲に、ぼくは負けてしまうようだ。やはり自分と感情を完全に切り離せないのは、あの星のものたちのせいなのだろうか。冷静に自分自身を分析しながら、自分の中にある葛藤と矛盾の幼稚さに、思わず嘲笑する。
「そっくりだったんだよ ポップスターが、ぼくの星に」
住民たちや星の外見こそ全く似てないが、そこに暮らすものたちは、みんな本当に阿呆みたいにおひとよしだった。
「まあ ぼくは小さかったから、当時の記憶なんてほとんど無いんだけどね」
しかしこれだけははっきり覚えている。
「きみみたいな 『うそつき』が来たんだよ」
ああ、今でも鮮明に浮かぶ。顔は見なかったが、ちゃんと分かる。仮面と、白い羽の印象。
「何が、『銀河中旅する旅人です。今夜一晩泊めて頂けませんか?』だ」
ぼくの星は星の戦士を輩出する星で、強いものたちが沢山いた。しかしやっぱりみなおひとよしだった。そいつもそれを知っててきた。ぼくたちを試したのだ。
「そいつ 銀河中の戦士と星をひたすら壊して殺してるやつだったんだよ ただ、壊すことに快楽を覚える破壊兵器 銀河中で噂になっていたけれど 見た感じ、容姿もぼくらに似ていたし、一見いいやつだったからね
みんなおひとよしだから、そいつがそういうやつかもしれないと分かってて、このひとはきっと大丈夫って言って、泊めた」
その夜にやつはぼくの星と、ぼくの仲間を全部無かったことにさせた。
「みんな眠っている間だったから、ほぼ無抵抗に壊したんだろうね ぼくはでかけてたから、その景色は見ていない」
見ていないからこそ、夢の泉があるのに、あの悪夢をみてしまう。毎回壊され方が違う夢。みんなが火中でもがき苦しんで殺された後に星を壊したのか、向かってくる星の戦士たちを全てなぎ倒した後に壊したのか、ただ星を壊して全てまとめて一掃したのか。
「とにかく思った うそつきなんて、うそつきなんてって
そうした気持ちで旅していたら、ポップスターに偶然着いたんだよ
ああ、今度こそこの大好きなおひとよしたちを守っていかなきゃって、 何もできなかったぼくにチャンスを、神様がくれたんだって」
さっき飛び散った彼の返り血を拭った。
「そのうそつきはおひとよしを利用したんだ きみはちょっとしたうそだった、って言うかもしれないけれど、違う
きみも『うそつき』だ
たとえぼくの我儘だろうと
若い芽は、摘まないといけないんだ
ぼくのなくなった故郷のおひとよしのために、
ぼくの今の故郷のおひとよしのために」
ああ、今分かった。こいつにボクは騙され返されたのではなく、おひとよしの皮を被ったオヒトヨシに成敗されてるだけなのだと。
霞ゆく記憶の中、とどめをさされる前に思った。
そこでマルクの意識は途絶えた。
「ただいま!」
ぼくがぼくの家のドアを勢いよく開けると、ちゃぶ台の前をぐるりと囲んでみんなが座っていた。
「変な機械が無くなって、そしたら、お昼が戻ってきたんだ。きっと、お日さまとお月さまが仲直りしたんだ、カービィがやってくれたんだなぁ! って思ったらこうしちゃあ居られない、何かご馳走してやんなきゃって、みんなが集まってくれたんだよ!」
ちゃぶ台を見ると、確かに湯気が立った出来たてのご飯がしっかりと用意されていた。
「じゃあ、カービィに感謝の会、ってことで!」
一気に雰囲気が明るくなって、忙しげに食事の支度をする。
『かんぱーい!』
こうしてぼくの家は、暖かなものでいっぱいになった。
ーHAPPY END?ー